もうできた?

[2009/01/14 更新]


大通公園6丁目、もうこんな雪像ができてます。早いですねー。これだけなぜ?

北海道は、一年の半分は雪に覆われているけれど、
札幌で言えば雪まつりとかホワイトイルミネーションとか、
札幌以外でも冬を楽しむ催しがいろいろあっていいですね。
雪まつりの大通公園1丁目会場のスケートリンク、
今年は子どもたちに混ざって滑ろうかなあ。

近年(というか昨年から)、再び心から雪に親しめるようになってきたので、
雪や寒さに対する態度も、ちょっと余裕がある気構えのワタクシです。
雪が降ってもへっちゃらなのが近頃自慢です。

他の地域の雪もどんなかなあ、などと思いめぐらすことができるのも、
この「余裕の心」からでしょうか?(←とりあえずいい気にさせておいてください)

ここでいきなり話が飛んで、大昔の話になりますが、いいでしょうか。

万葉集。これを編纂した大伴家持は、因幡の国守だったんですね。
因幡といえば、今の鳥取市を中心としたエリア。
鳥取って、温暖な地域だけれど、真冬は大雪が降ることがある。

で、大伴家持は、膨大な歌をおさめた万葉集の最後の一首を
自分の歌でかざっているそうです。

新しき年の始の初春の今日降る雪のいや重け吉事
(大伴家持)

どうして突然大伴家持が出てくるかというと、
たまたま司馬遼太郎の『街道をゆく(27)』を見ていたからです。
わたくし、歴史も文学も全く素養がないですが、
この本で紹介されているこの歌の部分を読んで、
なんとなくじわっときまして・・。

「いや重け吉事(いやしけよごと)」って、もっと重なれ、良いことが!
という意味らしいです。
司馬遼太郎によると、必ずしも明るい素材ではない山陰の雪を
この歌では「良いこと」の比喩としてつかっているんですって。
雪に、ポジティブな思いを込めているんですね。

『街道をゆく』で紹介されているように、
この人はこの歌を詠んだ頃、あまりいい境遇じゃなかったのかなあ、
言霊に願いを込めて、この歌を詠んだのかなあ、などと
思いながら読んでいると、なるほど
そんな感じがじわりと伝わってきませんか。
・・きませんかね。

同じ日本の雪でも、地域によって、時代によって、そして
人によって、思いはいろいろだよなあ、と思いながら、
雪まつり会場の状況を心の中で実況中継するのを
楽しみながら通勤した、本日の朝でした。

おっと、窓の外はたくさんの雪が舞っていますよ。

[参考文献]
司馬遼太郎『街道をゆく(27) 因幡・伯耄のみち街道』朝日文庫

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