服部彰治さんは、大通の「まちの人」として、
日々まちづくりのお仕事をしています。
もとは「外からかかわる人」だった服部さんがなぜ
大通という街に自分ごととして
かかわることになったのでしょうか。
8回の連載です。

「まちの人」の立場になりました。

[ 2009/12/22更新 ]
てく8月に札幌大通まちづくり株式会社
創立総会に行かせていただいたんですよね。
そのとき印象的だったのが、 役員のみなさんが商店街の重鎮であったりする中で、
ひとり若い服部さんが並んでいて。
この人は誰だろうみたいなところがあると思うんですね。
商店の人でもないし、じゃあなんの人なんでしょうという。
服部ええ、はい。

てく一言で言えば「なんの人」なのでしょう。
服部大通のまちづくりを進めていく人、ですよね。
ついさっきも、仕事の欄になんて書こうかっていう
話をしていて、「まちづくり業」と書きました。

てく服部さんは今はまちづくり会社の人だけれど、
2年前に以前所属していた会社から独立しましたよね。
それまでもまちづくりに携わっていらしたわけですが。
服部会社に勤めていたときは、
コンサルタントという立場で
まちづくりをしていましたね。
てくそのときの「まちづくり」と、
今されている「まちづくり」というのは全然違うんですか。
服部違う、うん全然違う。立場が違いますね。
立場ってなにかというと、
前まではどこかのまちから委託を受けて
専門的なことに対するアドバイスなり
仕組みだったり何かを作ることを業として、
その対価としてお金をもらうことを
生業としてやっていたけれど、
今はそれをやめて、そこで身に着けた専門的な
技術というのをいかして、「まち側」に入って、
街の人たちとこの街をどうするかということを
一緒になって考える立場になった。
てくはい。


服部別の言い方をすると、ぼくは今度は
コンサルタント側にお金を払うほうになった。
前はもらってたんだけど。
それは雲泥の差があって。
やっぱり自分がかかわってる街だから
自分のこととしてやらなきゃいけないっていうことが
あるじゃないですか。
当事者なんですよね。
てく発注を受ける側から、当事者になったんですね。
服部そうですよね。
それで、ここで商売をしていなくても、
ぼくは、そういう形でまちづくりに参加しているんだよね。
てく仕事の中身はどうですか。
変わりましたか。
服部仕事的には同じことをやってるかもしれないけど、
自分が関わっている立場が違うと、
仕事に対する思い入れも全然違うんだよね。

前は、お給料もらってなんぼの仕事でしたから。
今は街を変えていこうというのが
自分の仕事になっているので、
給料とかじゃないんだよね。

もちろん、生活費がないと困るから
そのためのこともするけれども、
お金のためじゃなく、街のために仕事をしているわけだよね。
てくなるほど。
服部さんは、そうして大通に根を下ろしたわけですが、
どういうふうにそうなったのかというのを
ちゃんと聞いておきたいなと思うんですよ。
 
(つづく)
このページトップへ 次のページへ