服部彰治さんは、大通の「まちの人」として、
日々まちづくりのお仕事をしています。
もとは「外からかかわる人」だった服部さんがなぜ
大通という街に自分ごととして
かかわることになったのでしょうか。
8回の連載です。

「思い」をカタチにしたかった。

[ 2010/03/19更新 ]
てくシャワー通りのほうですが、
まずはいろいろな活動を動かしていったんですね。
服部で、今度は道路なんですけど。
平成15年くらいからずっと
再整備するための民間としての構想をつくりました。
片側5.5mの車道を3.5mに縮めて、残りの5mを
歩道にしようと。
てく歩道を広くしようということですね。
服部で、シャワー通りには荷捌きの車両が停まってるから、
それをどうにかしなければいけないと。
てくそういえば、当時のシャワー通りは
路上駐車がすごかったですよね。
服部その当時の札幌パルコの次長だった方も
構想にすごく意欲的だったんです。
そこで、荷捌きの社会実験というのを2年やりました。
てくおぼえています。
コーンを置いて、ここからここまでは歩道で、
という感じでやってましたね。
服部そうなんですよ。
車道を3.5mにして、2mの部分に荷捌きの車両が
停まれるように時間設定をして、
どういう効果があるのかという社会実験です。
これを2年かけてやりました。

それによって、わかることがいろいろあった。
実は路上駐車をしているのは一般車両が多くて、
アンケートをとってみると、荷捌きする側にとっても
荷捌き専用レーンができるというのはありがたい、
ということがわかった。
てくそうなんですか。
服部そういう報告書を札幌市と警察だとか
いろんな関係機関に出して、
「こういうことだから
荷捌きのタイムシェアリングというのを
我々はやりたい、それで3.5mに幅員を狭めたい」
という思いが札幌市に通じて、警察にも通じて、
みんなで協力しあって再整備することになったわけです。
てくすごい。それはすごいですね!
服部 本当は、再整備するためのお金なんかつくはずがないの。
札幌市は、整備をした道路に関しては
「整備済み」ということになって、
済んだところについてもう一度お金を投資するということにはならない。
てくもう整備してしまったのでやりませんとなる。
服部そう。もう終わってしまったのを、
もう1回やってもらえることになった。
てくそれはまさに努力の結果ですよね。
服部努力というかね、それは坂本さんの思いです。
ぼくは形にしたかったんですね。
坂本さんの思いが自分の思いになって、
それをとにかく形にしたいなと。

あとね、形にすると言うことに対して、
人一倍思い入れがあったかもしれない。
てくといいますと?
(つづく)
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