サカイのスケッチ散歩「行啓通」編 アーカイブ

第8回 自分の庭のように中島公園さんぽ。

中島公園散策路

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第7回 星の神社で心洗われて。

-- このお弁当を買って。
酒井 買いましょうと。
-- どこで食べたらいいんですかね。
酒井 もうちょいがまんしましょう。
公園の方まで行って。よだれをぬぐいながら。
-- 電車通りを渡るときにポイントはありますか。この辺は。
酒井 あと、あれですよね。渡る前に、雷除けしんこ(※)。あそこでお団子を買うのもいいですね。

-- おいしいですよね。
酒井 あの軟石造りの建物もいいし。
あそこでおまんじゅうを買って。
-- 先にデザートを買って、はちわかに行って。
どこでデザートを買うか迷いますよね。
最初に「ラ・ヴェリテ」で買っちゃいますもん。
酒井 もう、そしたら、こんなになって。
-- こんなに(笑)。両手にいっぱいでフラフラになって(笑)。
酒井 わっさわさ紙袋提げて(笑)。
-- もうどこで食べたらいいのかわかんない・・・と
泣きたくなるかもしれない。
何しに歩いてるのか分からない状態になりますね。
酒井 しかしその前にカロリーを消費するんです(笑)。

-- 「五稜星がこんなところにもあった」。札幌護国神社に。
酒井 護国神社って、すごく境内がきれいなんですよね。
建物もそうだし、桜の木もたくさんあるし。
樹齢880年と言われているイチイの木もありますし。
-- え、880年前ということは・・・え、まさか平安時代?
酒井 それくらいじゃないですか。
そのときの松があるという説明書きがされていて。
あと「寝牛石」。
-- あ、つるつるしてる石ですね。
酒井 思わず触りたくなるような。
-- 「アイヌ時代から語り継がれている」ってどういうことなんでしょう。
酒井 ねえ?おそらく、牛が寝たように見える石というのが
語り継がれているんでしょうけれども。
-- そこから取ったんでしょうね。
酒井 目印になっていたんじゃないでしょうか。
「じゃ、寝牛石前でね」みたいな。
-- (笑)。
酒井 寝牛石まで競争だぁ、みたいな(笑)。
-- 寝牛石かあ。
酒井 そんなものがあるって、なかなか知らないですよね。
護国神社ってそもそも、誰でも入るような雰囲気ではないと思っていたし。
-- 中島公園まではみんな行きますけどね。
酒井 護国神社を歩くってなかなか。
しかも、ここにこんな歴史があるという。
しかも、五稜星が発見できたという。
-- この五稜星はどういう意味なんでしょう。
酒井 西南戦争で戦病死した屯田兵を祀ったのが最初らしいので、
やはり開拓使のマークなんでしょうね。
-- ここにも星が!という発見がありますね。札幌を歩いてると。
酒井 あと、ここは時間がゆっくり流れている感じがします。
水滴で波紋が広がっていくのもゆっくり見たい気持ちになる。
-- 桜などもきれいですけれど、
塵一つないような清潔なイメージがありますね。
酒井 神社ってそうだけど、
すごく維持管理がしっかりしている印象ですよね。
-- 心洗われますねえ。
酒井 まだ両手に持ってますけどね(笑)。
-- 必死でお弁当とお菓子を持ちながら心洗われるという(笑)。
あと1か所かな。

(つづく)
.
「行啓通を歩く」おさんぽ立ち寄りマップ

話と絵・酒井秀治


雷除志ん古(かみなりよけしんこ)
札幌市中央区南13条西7丁目1-22
TEL 011-531-3390
8:00-売り切れまで ※日曜定休


季刊誌『カイ』にて、只今「さっぽろスケッチ散歩」連載中!

「さっぽろスケッチ散歩『行啓通』」が掲載されている季刊誌『カイ』第11.号(春号)は、現在、北海道内書店、コンビニエンスストアなどで発売中。「スケッチ散歩」は、見開きの誌面にコンパクトにまとまっています。こちらも併せてご覧ください!

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第6回 「はちわか」でモリモリ。

-- というわけで、電車通りまで歩くと
お弁当屋さんの「はちわか」が目に留まります。

はちわか

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第5回 長屋というアート。

-- そして、東に向かって歩いていくと、こういうお店が。

絵・酒井秀治 行啓通のお店

酒井 あえてこの絵と(前回の)「ZILL」の絵を
『カイ』誌面上では並べて置いてます。
対比させたかったんですよね、片方は若者感覚で改修して、
こちらのほうは、新しく変わってるところもあるんですけど、
4軒長屋だったのを意図せずしていい感じに年月をかけて
それぞれが変えてるんです。

前回登場した「Cafe ZILL」

-- はあ。一見全然違いますが。
酒井 (上の絵のほうは)壁を共有してくっついている建物なんですね。
看板が上に乗っかってる、看板建築。
昔はこの屋根がつながってたんですね。
-- ああ。これをカットしたんですね。
酒井 ここに看板があったと思うんですけど、
とっちゃってはがれたところもあるみたいなんですけど。
手前は若い人がやってるお店ですね。
音楽の教室だったかな。
ここは70年以上もたつ柏木さん。
-- 柏木呉服店ですね。
酒井 この4軒がつながっていて、しかもどれもこれも、
これまでいろいろ手を入れてきている痕跡が。
素材も何もそれこそパッチワークみたいになっていて。
外壁も青っぽい色が塗られているもありますね(笑)。
「ZILL」のほうとは違って、きっとこちらの人たち
アートにしようなんて思っていないんだと思いますが、
ぼくはこれを見ると、アートだなと思ったんです。
-- あ、そうか。見方によってはこちらもアートだと。
酒井 カラフルなアートっぽく見えて面白いですよね。
時代も混在していて。
-- 酒井さんてそういえば東京にいるときに
長屋のリノベーションのプロジェクトをやってたんですよね。
酒井 やってましたね。あれは3軒の長屋。
あれも築75年くらいでしたね。
それも3軒くっついていないと倒れているんじゃないかっていう(笑)。
古い家屋でした。お互い支え合っているんですよね。
-- へえ。
酒井 長屋、昔の生活を想像させられるものですよね。
昔の東京のほうの長屋って、井戸があったりして、
そこに路地があって。
「井戸端会議」という言葉がありますけど、
まさに水を汲みにやってきたお母さんたちが
立ち話をするっていうような、コミュニケーションですよね。
井戸のまわりというのは、そういう
コミュニティスペースだったんですけど。
一方ここは、もともと「行啓通」というのが目の前にあったので
井戸端とは違うと思いますけど。
通りに対して商いのためのしつらえを
時代ごとに変えてきているなって、感じますよね。
-- なるほどね。
酒井 このカラフルさを描きたかったんです(笑)。
これの色合いも「自由」な感じですね。
柏木さんの「柏」って、「お声がかりの柏」(※)からきてるんですね。
-- え、この柏木さんって!そうだったのかあ。
初めてわかりました。
店主の方のお名前には「柏」の文字がないのに
屋号はちがうんだなあ、と思っていたんです。へえ。

酒井 由来はそうだということです。
-- ああ、そうなんですね。
この反対側は、長屋というと変ですけど、
新しいタイプの「長屋」になってますよね。

酒井 どんな店が入ってました?
-- 蕎麦屋とか、エステサロンとかいろいろな業種のお店だったと思います。
酒井 もうちょい電車に近いほうに行くと
また、リラグぜーション系のハーブのお店とか
グリーンのお店とかがあって。
-- ね。それもまたいいんですよねー。
そういう魅力的なお店が並ぶ行啓通の原点が、
この「長屋」にあるのかもしれないですね。
酒井 面影を感じてほしいですよね。

(つづく)
.
「行啓通を歩く」おさんぽ立ち寄りマップ

話と絵・酒井秀治


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第4回 懐かしくてセンスがいい。

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第3回 木がこんなに自由!

-- 山鼻記念会館に行って、次はどうしましょう。
酒井 交差点をはさんで斜め向かいの「山鼻公園」へ移動します。
ここには、明治天皇がお声をかけた柏の木が、
もう枯れてしまったんですけど、あったんですね。
その幼木がいまも公園の中に育っているんです。
ちゃんとプレートもあって。元気にひっそりと。
.
それと、山鼻兵村開設碑という立派な石碑があって。

-- 天皇が「立派な木だね」と声をかけたということですが。
その一言のほかに何か。
酒井 ええと・・・。
この本(※)によれば、
「たいへん大きなきであるが何という木ですか」と言われた・・。
もちろん、木に声をかけたというよりは、
そばにいた人に聞いたんですね。
で、聞かれた人が「あれは柏の木でございます」とお答えしたと。
-- ほほう。
酒井 その木も、根から幼木を残して枯れたので
1976(昭和51)年に切り倒されたそうですね。
その当時樹齢230年。
-- へえ。

山鼻公園のお声がかりの柏の二世写真

酒井 「二世の幼木は、山鼻公園と山鼻小学校に移植され、
今も元気に育っている」(同上)。
-- 小学校にもあるんですね。
酒井 そうですね。
-- これが行啓通という名前の由来である、と。
酒井 ここが、天皇が何かしらの痕跡を残した場所なので。
まずはそこに行ってみて、
いちばん古く残ってる時代にワープすると。
この公園は公園で、いい感じなんですよねえ。
-- ワープしましょう。
酒井 すごく自由な感じで木が育っているのがいいでしょう。
-- 枝が剪定されていないみたいですよね。
酒井 どの木ものびのびと育っている感じですね。
なかなかこんな自由な枝ぶりというのは
街なかにいると見られないでしょ。
たぶん、古い場所だからこんなに大きく育っている
というのもあるだろうし。

-- 木としての自由さが、もう・・・。
酒井 すごいですね。自由さがね。
こんな枝ないですよね。
だからそれを描きたくなるんですよ。
-- ほんと、枝が。
酒井 妖怪みたいでしょ(笑)。
-- うにゃうにゃと横に広がって。
この公園、夏は水遊びもできるんですよね。

遊具

酒井 遊具も充実している。
いい木陰になると思うんですよ。
向こうを見ると藻岩山の稜線が見えて。
・・・うん、だから、山が近いですよね、
山鼻って。やっぱり。
-- ああ、そうですね。
酒井 桜も植えられています。
この公園は、すごく迫力あるなというのと、
歴史を感じるなというのを感じてほしいです。
-- ここでそういうことを感じつつ、
ゆっくりとお散歩して。
酒井 スタートしていきなりだけど、ゆっくりして(笑)。
-- 最初から随分ゆっくりしちゃいました。
酒井 はい。
-- じゃあ、公園を堪能した後はどうしましょうか。

(つづく)
.
「行啓通を歩く」おさんぽ立ち寄りマップ

話と絵・酒井秀治


引用文献出典
札幌市立山鼻小学校『開校110周年記念誌 やまはな』1988、p.28-p.30。
「山鼻元屯田兵村奉迎送位置図」『奉迎之栞』札幌区役所1911(明治44)年、北海道立図書館所蔵。


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第2回 子どもたちが並んでた。

酒井 で、『やまはな』(※)という本に
1881(明治14)年9月1日に天皇が
真駒内牧場のほうから石山通を通ってきたと書いてあって、
なにかその「証拠」がないかなと思って
探しているときに、この図面を見つけたんです。
これ、けっこう貴重だと思うんですよね。
「山鼻元屯田兵村奉迎送位置図」『奉迎之栞』。
-- ホウゲイノシオリ。
 (資料:「奉迎之栞」札幌区役所(明治44年)北海道立図書館所蔵)

「山鼻元屯田兵村奉迎送位置図」[『奉迎之栞』札幌区役所(明治44年)北海道立図書館所蔵)

酒井 「山鼻元屯田兵村奉迎送位置図」というのが出てきて。
これ、なにかっていうと、イ、ロって書いてるんですけど、
山鼻小学校の児童が「イ」で、「ロ」が
屯田兵の人たちですよね。
天皇が来られるときに
どういうふうに隊列したのかという図ですね。
-- 天皇陛下をお迎えするために予め
地域の人たちに周知をしておいて、
決まった場所で並んで待っていたんでしょうね。
酒井 その日はこのために待ち構えているんですね。
「この日、学校では校舎の内外をきれいにして、
天皇をお迎えする準備を整えました。
この時、先生は六人、児童は男子八十人、
女子二十人でした」(『やまはな』)(※)
-- へえ。
酒井 この図は、そのときまさに
行啓通に並んでいたという図なので、面白いなと。
-- 東屯田の側が「ロ」だから、屯田兵がならんでたんですね。
酒井 小学生たちが並んでた「イ」は、ちょうど
山鼻屯田記念会館(※)の前のあたりですよね。
-- なるほど。
だから「スケッチ散歩」コースの
最初に立ち寄ってみてくださいよ、というわけですね。
酒井 「位置図」を見ると、
いまと小学校の校舎の位置が違いますね。
-- あ、ほんとですね。昔は北西側にあったんですね。
山鼻小学校
 (資料:「奉迎之栞」札幌区役所(明治44年)北海道立図書館所蔵)

「山鼻元屯田兵村奉迎送位置図」(再掲)

-- このシンプルな図の中に唐突に「柏」って書いてありますね。
他にも色々ありそうなものですが。
酒井 この木に天皇が声をかけられたんですね。
「あの立派な木はなんですか」と。
-- 明治44年に発行されている書物だから、
この「位置図」は後から振り返って書いたんですね。
酒井 それで、散歩のいちばん最初に、
山鼻屯田記念会館の前に来て「位置図」と見比べながら、
「ああ、ここに子どもたちが並んでお迎えしたのか」と。
-- ここでお迎えしたんだなあと。
酒井 会館の3階に資料室がありますから、
そこで屯田兵の歴史や生活道具の展示などを
見るのもいいですけどね。
ぼくはまだ行けていないんですけど・・・。
面白いおじさんがいるんでしょう。
-- 3年前に行った時、地域の歴史にものすごく詳しい方が
いらしたんですよね。
酒井 散歩で疲れてしまう前に、こういうところで
歴史の知識を得てみる、と。
-- それにしても、山鼻屯田記念会館って、3階もそうですけど、
1階のお店でも休んで、ずいぶん長居しちゃいそうですよね。

酒井 「ラ・ヴェリテ」(※)有名ですよね。窯焼きのピッツアもあるし、
お菓子も種類が豊富で。
硬いプリンみたいなのってなんでしたっけ。
-- クレーム・ブリュレですか。
酒井 そうそう、それ。ここの有名ですよね。
何度か食べたことがあって。
ここでいきなり休んでしまう可能性が大なんですけど(笑)。
-- お菓子の種類も豊富ですよね。
酒井 店の感じもいいですよね
中は入りましたけど、ここで休んじゃまずいと思って(笑)。
いきなり1番目で、1、2時間すごしちゃう人もいるかもしれない。
-- この建物がいつからあるのかっていうのも気になるところですね。
だって、このデザイン。
塔が二つあってお城みたいですよ。
酒井 この建物を掘り下げてみるとおもしろいかもしれない。
いきなりこのデザインは出てこないでしょ。
なにか意図がありそうですね。

(つづく)
.
「行啓通を歩く」おさんぽ立ち寄りマップ

話と絵・酒井秀治/資料協力・北海道立図書館


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引用文献出典
札幌市立山鼻小学校『開校110周年記念誌 やまはな』1988、p.28-p.30。
「山鼻元屯田兵村奉迎送位置図」『奉迎之栞』札幌区役所1911(明治44)年、北海道立図書館所蔵。


第1回 じょうてつバスで行ってみよう。

-- 行啓通って、すすきのから市電(※)の「行啓通」電停まで
10分くらいで来られちゃう地域の商店街、
っていうイメージが強いですね。
東西にまっすぐのびる道なんですけど、
たくさん寄り道しちゃうような素敵な場所で
わたしは大好きです。
酒井 ふつうに「まち」(※)の方から行くと、
市電の「行啓通」停留所から
散策をはじめたくなるんですけど。
-- そうですね。
酒井 今回の「スケッチ散歩」では、
行啓通の西のはじからスタートして、
中島公園のある東の方へ向かって歩きました。
-- 西のはじ、といいますと。
酒井 山鼻公園の辺りです。

-- スタート地点は南14条西11丁目、
石山通の辺りですね。
市電から少し離れているんですけど、
ここまではどのように行けばいいんですか。
酒井 ここにはですねー、「じょうてつバス」(※)、が通っております!
-- そうか。じょうてつバス!石山通といえばじょうてつバスですもんね。
酒井 図の左下に「バス停」と書いてあるところですね。

酒井 ここを通る路線が「まち」から何本も出てるので、
どれかに乗って「南14西11」で降りればだいじょうぶです。
-- そうでしたかー。
酒井 じょうてつバスに乗ったことのない人は、
これを機会に乗ってみるのもオツかもしれませんね。
-- オツですね(笑)。
で、最初のスポットとして、まず
このお城のような建物の「山鼻屯田記念会館」が出てきます。

酒井 今回お散歩する「行啓通」の名前は、
天皇、皇太子が行啓した通りにちなんで
名付けられたんですよね。
-- 行啓って、皇族の方々がお出かけするという意味ですよね。
酒井 ここを歩くときに、まず名前の由来の
歴史にふれたほうがいいと思ったんですよ。
いちばん最初に天皇が札幌を行幸されたのが、
1881(明治14)年、明治天皇ですね。
そのとき、石山通を北上する形で行幸したのです。
-- どうやって歩いたんでしょう。
酒井 真駒内のほうからきたんですよ。
-- 明治天皇はもちろん、御輿に乗られていたんですよね。
酒井 もちろんそうでしょう。
で、「行啓通」という名前は、そのときの経路を、
1911(明治44)年に当時皇太子だった大正天皇が
行啓で通られたことに由来するんです。
-- そうか。代々、天皇が通られる道である、と。
行啓される道である、と。
酒井 昭和天皇が皇太子の時代にも通られましたからね。
-- 三代にわたって行啓されたんですねえ。
酒井 で、明治天皇の話に戻ると、
「天皇は真駒内牧場をご覧になられたあと豊平川にかけられた仮の橋を渡られ、天皇旗を先頭にたて、石山道路を山鼻に向かって進んでこられました。道の両がわでは、屯田兵が鍬をふって一生けんめいに働いていました。」(※『やまはな』より引用)
-- この資料はなんですか。
酒井 子ども用に作った山鼻屯田の歴史の本が、札幌市文化資料室(※)にあったんです。
-- あのう、よく見つけてきましたね。
酒井 行ったら丁寧にいろいろ教えてくれて。
受付の人に山鼻の歴史を調べているんですけど
って言ったらいろいろ出してくれました。
-- それはうれしいですね。
酒井 これは、子ども用に書かれていたので、
ぼくらにもわかりやすいんです。
-- そうですよね。
歴史が得意じゃないわたしなんかにとっては、
子ども用だから恥ずかしいとか思わないで、あえて
子ども用を見せてほしいんですけど、って
言えばいいかもしれないですね。

(つづく)
.
「行啓通を歩く」おさんぽ立ち寄りマップ

話と絵・酒井秀治


市電
道外の方のために。札幌の人の多くは、札幌市営路面電車のことを「市電」または「電車」と呼びます。ちなみに、線路を走る列車は現在北海道ではJRしかないため、全て「JR」とか「汽車」と言います。


「まち」
札幌近郊以外の方のために注釈です。札幌および近郊に住む多くの人は、大通、札幌駅周辺、すすきのなどの札幌都心のことを「まち」と呼び、「まちに出かける」「週末まちに行こう」などの使い方をします。


じょうてつバス
札幌駅、真駒内、定山渓、札幌国際スキー場、新千歳空港などを終点とする路線バス。
定山渓に近い石山で切りだされた札幌軟石を運搬するため1909(明治42)年につくられた札幌石材馬車鉄道(株)がはじまりで、その後、木材や硫化鉄鉱石の豊羽鉱山、水力発電所建設用資材の輸送と、定山渓温泉への行楽客の輸送を目的として苗穂から定山渓までの鉄道が認可され、1915(大正)4年には定山渓鐡道(株)が創立されました。それが、現在の株式会社じょうてつのはじまりで、1969(昭和44)年には鉄道は全線廃止になりましたが、乗合バスは、かつて鉄道が通っていた石山通を中心に、現在も運行中です。
なお、札幌市内の「共通ウィズユーカード」が使えます。
http://www.jotetsu.co.jp/bus/


引用文献出典
札幌市立山鼻小学校『開校110周年記念誌 やまはな』1988、p.28-p.30。


札幌市文化資料室
札幌市文化資料室は、館内に札幌の歴史を紹介する展示室、市民の調査研究、学習などにご利用いただける郷土史相談室が設けられています。また、札幌への理解と関心を深められるように所蔵資料を活用した歴史講座や小中学生向けの「ジュニア・ウィークエンドセミナー」などの事業にも取り組んでいます。現在、札幌の公文書館設置の母体となるための準備が進められています。

札幌市文化資料室
札幌市中央区南8条西2丁目
TEL 011-521-0205
FAX 011-521-0210
http://www.city.sapporo.jp/bunkashiryo/


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季刊誌『カイ』ウェブサイト
http://www.kai-hokkaido.com/
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