映画「ALWAYS-三丁目の夕日」の時代、
札幌都心の4丁目交差点近くの通りには
キャッチボールをする子どもたちの声が響いていた----。
あの時代、中央創成小学校に通う子どもたちは
どんな学校生活を送っていたのでしょうか。
さっぽろシャワー通り商店街会長の坂本晴則さんに、
小学校時代のお話をお聞きしました。
札幌都心の4丁目交差点近くの通りには
キャッチボールをする子どもたちの声が響いていた----。
あの時代、中央創成小学校に通う子どもたちは
どんな学校生活を送っていたのでしょうか。
さっぽろシャワー通り商店街会長の坂本晴則さんに、
小学校時代のお話をお聞きしました。
(2)贅沢な空き地
[2009/06/03更新]
| てくてく | 子どものときのお住まいが 現在のパルコの南向かいとは。 今の札幌で、ここまでの都会っ子は ちょっといないでしょうね。 |
| 坂本 | 木造3階建て、一部が軟石の店でね。 1階が店舗で、2階と3階の一部に住まいがあって。 3階の一部を人に貸していたという・・・ そう、複合ビルのハシリだね(笑)。 |
| てくてく | わあ! |
| 坂本 | 1階の店というのは うちでやっていたお土産とか万年筆。 めがね屋さん、時計屋さん。 それから、ハンコ屋さん。 |
| てくてく | パルコができた頃、7階に冨貴堂という 本屋さんが入っていましたが、 冨貴堂はもとからここにあったと聞いたことがあります。 |
| 坂本 | うん、冨貴堂はここだね(地図を見ながら)。 あの頃、いまのパルコの場所には、 コマツという靴屋さんがあって、 冨貴堂があって、レジャーセンターという パチンコ屋さんがあって。 |
| てくてく | はい。 |
| 坂本 | それから、松井というバッグ屋さん。 パルコ、角のビルが独立してるでしょう、 つながってるけど。 あれ、松井ビルだよ。 |
| てくてく | そういえば・・・ホントだ。そうですね。 |
| 坂本 | いまのパルコにあたる場所・・・ あとね、東側が林というお茶屋さんだったね。 |
| てくてく |
そんな都心にお住まいだった 小学生時代の坂本さんは、 どの辺りで遊んでいたのですか。 |
| 坂本 | また、いいときにいいことを聞いてくれたねえ(笑)。 |
| てくてく | (笑) |
| 坂本 | お茶の林屋さんは 建物が南一条通り側に建っていたんだけど、 後ろのほう(いまのシャワー通り側)が 空き地だったんだよね。 |
| てくてく | うわあ、いまならあり得ない 贅沢な空き地ですね! |
| 坂本 | お茶屋さんが所有している空き地だったの。 そこで野球をしたりしたね。 いま考えるととんでもなく狭いんだけど、 当時の子どもにとっては広い場所だったんだよね。 |
| てくてく | ほかに、どんなことをして遊んだのですか。 |
| 坂本 | うん、
ビー球やったりね。 そうだ、釘刺し。 釘刺しって言っても今の人はわかんないかなあ(笑)。 |




