映画「ALWAYS-三丁目の夕日」の時代、
札幌都心の4丁目交差点近くの通りには
キャッチボールをする子どもたちの声が響いていた----。
あの時代、中央創成小学校に通う子どもたちは
どんな学校生活を送っていたのでしょうか。
さっぽろシャワー通り商店街会長の坂本晴則さんに、
小学校時代のお話をお聞きしました。

(9)丸井さんで道草を食う小学生。

[2009/11/19更新] 写真:札幌市写真ライブラリー所蔵
てくてく坂本さんは、通学路はどこを通っていらしたんですか。
坂本途中に丸井さんがあったでしょ。
家を出て、仲通(今のシャワー通り)を行って、南一条に出る。
そして丸井さんから北上。
帰りは、(東側に)こう来て、ここで遊んでみたり。
ここ(今の市民ホールのあたり)に
豊平館があったから。
昭和30年くらいかな、市民会館ができて
ここに池があってね。
てくてく豊平館があって。
その前に池があって。
坂本雪山ができてるからソリ、「尻すべり」だよね。
てくてく尻すべり!私も子どもの頃よくやりました。
坂本それから、帰ってくる途中、丸井今井に寄るんだ。

今もあるけれど、
「とうまん」っていうお菓子屋さんがあるでしょ。
てくてくはい。
坂本あれは、オートメーションでつくってたんだよね。
てくてくそうそう、作ってるようすが
ガラス張りで、お客さんから見えるようになってますよね。
坂本機械で、カッチャンカッチャンと。
今もあるんだけど、今のやつのもっと大きいのがあったの。
自動的にモノができるというのが珍しくて。
いっつも、ボケーッと見てたの(笑)。
てくてく見入っている子どもの頃の坂本さんが
目に見えるようです(笑)。
坂本とうまんは、中央創成に通ってた人は、
1回くらいは感動したんじゃないかな。
てくてく当時は、丸井さんのどのへんにあったのですか。
坂本一条館の大通側にあったかな。
てくてく学校帰りにぶらりと眺められるところにあったのですね。
坂本そう。

それからね、上のほうが屋上になっていて。
遊園地さ。
てくてく屋上の遊園地!

それにしても都会的な小学生ですね(笑)。
その当時だったら、いや今でも、
学校帰りに屋上の遊園地に寄り道する子なんて
少なかったのでは。
坂本屋上の遊園地には望楼みたいな塔があったんだよね、上に。
そこの電気が上のほうにバーッとついて。
飛行機がぶつからないようにね。
てくてくサーチライトですね。(※航空灯台)
写真:札幌市写真ライブラリー所蔵
坂本ライトが、くるくるまわってたんだよね。
てくてく私が子どもの頃も、ありましたね。
私は夜空を遠くまで照らすそのライトを
郊外から見て育ったほうですが。
坂本今はもうないけどね。その塔自体がないから。
塔も、途中くらいまで登れてね。
時間はすごくつぶせて、それが屋上さ。
その1つ下に遊戯施設があって。
ゲームコーナーもあったと思ったなあ!
てくてくどんなゲームだったのですか。
坂本あのねえ、10円入れるんだよ。
今はもうないかなあ、ドライブゲームなんだけど、
ガラスのボックスの中に自動車があってハンドルで
右・左切って。
道路は動かないんだけど、
ベルトみたいのがぐるぐる回ってるの。
路に沿っていくとね、点数が上がってくんだ。
画期的だったね。それが(笑)。
てくてくへえ!
坂本そういうのが画期的だった。
あと、『三丁目の夕日』にも出てきたけど、
立体映画っていうのがあってね。
10円入れると見れるっていう。

そしてその階に映画館があってね、
ニュース劇場が見られるんだよ。
てくてくニュース映画ですか。
お金は払うんですか。
坂本払うの、15円くらい。
映画館15円。安いよなあ!
てくてく安すぎますねえ。
もちろん今とは物価が違いますけど(笑)。
坂本それはニュースが2つくらいと、
ディズニーかなんかの短編のまんがが1本くらい。

だから、丸井デパートというのは
われわれにとっては宝庫さ。
三越はまた、違うんだよね。
三越も屋上に遊園地はあったけど、
ちょっとさ。格式が高いんだよな。
てくてくそうなんですか。
坂本がきは相手にしない、っていう感じかな!(笑)
てくてく(笑)
(つづく)
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