山中さんヒグマのことを教えてください
ヒグマの住む北の大地北海道。土産物店に必ずあるのはクマの木彫り。ときどき出没するニュースを見るくらい近くに住むのに、同じ大地に住む私たちはヒグマのことをあまりにも知らなすぎると思いませんか。今回のインタビューは、ヒグマのことをもっと知る導入編。野生のヒグマに日々接している(財)知床財団の山中正実さんにお話をうかがいました。山中さんのプロフィールはこちらです。

第9回 アイヌの人たちに学んだこと。

やの 山中さんは、アイヌの人たちに付いて
山に入られていたことがある、というのを何かで読みました。
何回かクマの穴を探しに行かれたのですか。


山中 学生の頃3年間、それぞれ1か月半ぐらい
毎日一緒に山に入っていました。
それこそ、今日(2010年11月20日)の「クマ研」ですよ。(※1)
やの 「クマ研」の活動としてアイヌの方と一緒に
山に入られていたのですね。
そんなふうにアイヌの方たちと一緒に歩いたりすると(※2)
ヒグマとの距離感などが体にしみ込んでくる
というようなことがありましたか。
山中 ヒグマとの直接の距離感を学ぶと言うのは、
3年半びっちり歩いてもなかったです。
というのは、その時代というのは春グマ駆除で
徹底的に獲っていた時代ですから。
札幌近郊の山どころか、支笏湖畔の山の中含めて、
道央圏のクマの密度が非常に低かったですよ。
だから、ハンターの人たちと一緒に歩いても
ワンシーズンで1回出会えるかどうかぐらい。
そのくらいの頻度でしたね。
直接ヒグマと対峙してこういう距離感で、というのは
なかなか学ぶことはできなかったですけど、
山の歩き方とか見方とか、クマに対する考え方とか、
そういうのはすごく教えられました。
-- とても貴重な体験ですね。
山中 毎日、朝早くから山に入って
夕方までびっちり歩くんですよ。
昼には、必ず盛大なたき火をするんです。
雪の上で、その辺の薪を集めてきて
1時間から1時間半くらいのんびり休むんですよ。
そのときに、焚き火を囲みながら、
昔の話とかを聞かせていただいて。
すごくためになりましたね。
.
3年間歩いて、クマが獲れたのは2回でした。
いちばん私にとって大きかったのが、
獲れたクマを山から下ろしてきたときのことです。
千歳市の郊外のアイヌの人たちが
住んでいる集落があるんですけれども、
その地域の人たちの反応が和人(※3)とは全然違うっていうのが、
目からうろこでした。

-- どんな感じだったのですか。
山中 その頃私はまだ19、20才くらいで。
何も知らずに本州からやってきた、
ちょっと自然が好きっぽいかなというくらいで。
いわゆるその手の若者にありがちな
自然愛語的なイメージを少し持っていて、
鉄砲で動物をとるのは残酷だとか、
そんなイメージを単純に持っていたんですが、
それを完全に変えたのがそのアイヌの人たちとの付き合いです。
山から下ろしてくると、その集落の人たちが、
子どもたちから年寄りまで、みんな集まってくるんですよ。
-- へえ。
山中 みんな、満面の笑顔で、大喜びで。
「クマとれたんだってなあ」とかいって、みんな集まってきて。
千歳川の河原でクマの解体をして、
肉にして皮をはいでいる。
その周りにずらっと見物の人垣ができて、
みんなが喜んで見てるんですよ。
終わると、みんな少しずつ肉を分けてもらって、
大喜びで帰って行くんです。

-- その喜び方が、目に浮かぶようです。
山中 クマがとれて本当によかったということが、
これは本当にすばらしいことだということが、
集落全体で、表情にも体でも表わしているという。
山の神がもたらしてくれた恵みをみんなで分け合って喜んで。
.
和人のハンターと全然違うんですよ。
獲物は仲間内でしか分けないし、
獲物を解体しているところを見ると
近所の人たちはふつう嫌な顔をする
というのがあると思うんですけど。
それとは全く違う。
.
また、アイヌの人たちにとっては、狩猟というのは、
生き物の命を奪うだけでなく、それを山の幸として
みんなで分かち合い、神に感謝するもの。
ああ、こういう世界もあったのかと、
私の狩猟とか鉄砲撃ちに対する偏見が
まったくなくなったんですね。
-- そうですか。
山中 歴史的な経過、差別の歴史とかそういうのがあって、
アイヌの人たちの中に入っていくのは難しかった。
ポン、と行っても、なかなかすぐに受け入れてもらえないんですよ。
ましてや山に連れて行ってもらうなんて難しいんですけれど。
幸い私は、北大クマ研の二代くらい前の先輩が
環境を作ってくれたところに入ったので
すぐ受け入れていただきました。
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当初は非常に苦労したらしいです。
何回もお願いしにいって話をして考え方を聞いてもらって、
繰り返し繰り返しお願いして
ようやっと心を開いてもらって
一緒に歩いてもらえるようになった、
というところまで二代くらい前の先輩がやってくれました。
その次の代の先輩たちがびっしり山に入って
一緒に歩く活動を始めたんですね。
そのおじさんたちも自分たちの息子と同然のような
付き合いをしてくれて、
それを我々が引き継いだので、
もう最初から、おおよく来た、という感じで迎えてくれた。
もう亡くなってしまったんですけれど、
自分の息子と同じように、
それくらいの付き合いをしてくれましたね。
今は「穴グマ狩り」もなくなって、
残念ながら、そういう文化もほぼ消滅してしまいましたね。
-- 最後に、今後のヒグマに関わる人材育成の精神的なよりどころに
なるようなお話をありがとうございました。
もっと多くの人に、特に地元北海道の人に、
ヒグマのふつうの姿を知ってほしいということと、
共生のための仕組みづくりが急務だということを改めて感じました。
本日はお忙しい中、本当にありがとうございました。

ヒグマの親子 写真・山中正実(知床財団)


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話・ヒグマ写真山中正実 / 協力・(財)知床財団


※1 北大クマ研
北海道大学ヒグマ研究グループ。1970年に北海道大学の学生によって設立されたサークル。ヒグマの生態調査など、幅広くフィールドワークを行っている。特定の活動拠点を持たず、組織体として活動。あえて大学公認サークルには入っていない。
2010年11月20日に40周年記念のフォーラムが行われ、現役生、卒業生が集い、クマ研とヒグマについて語り合った。
オフィシャルサイト:http://hokudaikumaken.web.fc2.com/


※2 山中さんがアイヌの方々の穴グマ狩りに同行した貴重なエピソード
(財)知床財団山中正実「穴にもぐったらカムイに叱られた話し」『Wildlife Forum 15巻2号』(2011.2,野生生物保護学会)に山中さんがアイヌの方々と一緒に山に入って穴グマ狩りをしたときにヒグマと遭遇したエピソードが書かれています。


※3 和人
アイヌ民族から見たアイヌ以外の日本人のこと。


『しれとこのきょうだいヒグマ ヌプとカナのおはなし』
しれとこのきょうだいヒグマ ヌプとカナのおはなし 表紙

人とヒグマがともに生きる道はあるはず。そのためにはまずヒグマを知ってほしい。その思いを、ある出来事をきっかけに全く違う運命をたどることになる双児のヒグマのお話に託しました。小学校低学年以上のお子様向けですが、知床の森の四季折々の風景を切り取った知床在住の絵本作家あかしのぶこさんの世界は、大人の方でも十分楽しんでいただけるものになっています。

定価:1,500円(税込・送料別)
発行:知床財団



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